不眠症と脳の異常には深い関係があり、脳の器質的な疾患や、睡眠を調節する脳の機能の異常が不眠症の原因となることがあります。最新の研究をもとに、神経伝達や脳波、構造の変化についてわかりやすく解説します。また、不眠症を引き起こす脳の異常の自覚症状や脳の異常を改善する不眠症の治療法もご紹介します。
脳と不眠症の関係とは?

不眠症は単なる生活習慣の問題と思われがちですが、実際には脳の働きと深く関係しています。近年の研究では、不眠の背後にある脳波の乱れや神経伝達物質の異常など、脳の「情報処理機能」に問題があることが明らかになってきました。ここでは、脳波や神経伝達物質がどのように睡眠に影響するのかを詳しく解説します。
脳波(α波・θ波・δ波)の異常と不眠
脳波は脳内の電気的活動を示す指標で、睡眠の深さや質を反映します。特に、入眠時に多く現れるα波(リラックス状態)やθ波、深い睡眠時のδ波が重要です。
不眠症の人は、これらの脳波の出現に乱れがあることが研究で確認されています。例えば、本来入眠時にα波からθ波に移行するはずが、α波が長く持続したり、覚醒時のβ波が異常に強く出現したりするケースが報告されています。これにより、脳が「目が覚めた状態」のままとなり、眠れない状態が続くのです。
出典:睡眠の可視化~良い睡眠とは~(国立精神・神経医療研究センター)
神経伝達物質のアンバランスが睡眠に与える影響
睡眠は、脳内の神経伝達物質によって調節されています。特に、セロトニン、メラトニン、GABA(γ-アミノ酪酸)といった物質が睡眠・覚醒リズムの鍵を握っています。
不眠症の人では、これらの物質の分泌量や受容体の感受性に異常が見られることがあります。たとえば、GABAの働きが弱まると、脳の興奮を抑えきれず入眠困難になります。また、メラトニンの分泌が遅れると、体内時計が後ろ倒しになり、入眠のタイミングがずれてしまうのです。
不眠症を引き起こす脳のどこに異常がある?

不眠症のメカニズムを理解するうえで重要なのが、「脳のどの部位に異常があるか」という視点です。MRIやfMRIなどの脳画像研究により、特定の部位が不眠に関与していることが示されつつあります。以下で主な脳領域とその役割、不眠との関連を解説します。
視床下部(概日リズム調節中枢)の機能低下
視床下部は、自律神経やホルモンの調整を担う中枢であり、睡眠リズム(概日リズム)をコントロールする「体内時計」の中心でもあります。
この部位に機能低下や炎症などの異常があると、メラトニンの分泌タイミングがずれ、夜になっても眠くならないという状態が起こります。睡眠・覚醒の切り替えがうまくいかず、結果的に不眠が慢性化することもあるのです。
扁桃体や前頭前野の過活動と不安・ストレス
扁桃体は感情処理、特に「不安」や「恐怖」に関係する部位です。不眠症患者では、この扁桃体が過剰に活動し、些細な刺激にも過敏に反応する傾向が見られます。
また、前頭前野は思考や判断に関わる脳の前部で、通常は扁桃体の過剰な活動を抑える役割があります。不眠のある人では、この前頭前野の活動が低下し、感情のブレーキが効かなくなることで、ストレスや不安が増幅され、眠りにくくなるという悪循環に陥ります。
脳構造の変化:不眠症で見られる異常とは?

不眠症は機能的な異常だけでなく、脳の構造的な変化とも関係があります。最新の脳画像研究によると、不眠が長期化すると脳の一部の体積が減少する可能性があることが示されています。
不眠による海馬・前頭葉の体積減少への影響
海馬と前頭葉の異常は、睡眠に様々な影響を及ぼします。
前頭葉と海馬はどちらも脳の重要な部位であり、記憶や学習に関与していますが、それぞれ異なる役割を担っています。前頭葉は、計画、意思決定、感情の制御など、より高次な認知機能を司る一方で、海馬は、新しい記憶の形成と長期記憶の保存に特に関わっています。
海馬は記憶を司る部位で、ストレスの影響を受けやすいことが知られています。慢性的な不眠によってストレスホルモン(コルチゾール)が過剰に分泌されると、海馬の神経細胞がダメージを受け、体積が縮小することがあります。
同様に、前頭葉の体積減少も報告されています。前頭葉は集中力や計画性を担う重要な部位で、不眠によりその機能が低下し、日常生活に支障をきたす可能性があります。
白質のつながり(ネットワーク)の乱れの可能性
白質(はくしつ)とは、脳や脊髄の中枢神経系において、神経線維が集まっている部分を指します。神経線維は、細胞体から伸びる突起で、情報を伝達する役割を担っています
白質が白いのは、神経線維を覆う脂肪質の物質であるミエリン鞘が豊富に含まれているためです。ミエリン鞘は、神経細胞からの電気信号を効率的に伝達するために重要で、その主成分である脂質が白色に見えるため、白質は白く見えるのです。
虚血性変化による白質の病変は、不眠症のリスクを高める可能性があります。
特に、感情や注意を司る部位間の接続性が低下しており、これは感情制御の困難さや集中力の低下と関連しています。脳のネットワーク異常が、不眠による精神機能の低下を説明する一因と考えられています。
不眠症をまねく脳の異常の自覚症状とは?

脳の機能障害が関係している不眠症には、特有の兆候があります。
脳機能の乱れや構造的な異常は、睡眠以外にもさまざまな自覚症状として出現することがあります。以下のような4つの症状が慢性的に続く場合は、脳の過覚醒や神経伝達のアンバランスが背景にある可能性があります。
1. 入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒
「眠れない」「夜中に何度も目が覚める」「朝早く目が覚めてしまう」といった症状は、脳波の異常や神経伝達物質(GABA・セロトニンなど)のアンバランスによる覚醒システムの過活動が関係しています。
2. 過剰な思考・不安感
前頭前野と扁桃体のバランスが崩れると、日中でも不安感が強くなり、就寝時に「考えすぎて眠れない」状態になりやすくなります。これは脳がリラックス状態に入れないことを示唆します。
3. 集中力・記憶力の低下
慢性的な不眠は、脳の記憶を司る「海馬」や注意を司る「前頭前野」の機能を低下させるため、集中力が持続せず、記憶力が落ちるといった不調が起きてきます。日中の作業効率や学習力の低下につながることがあります。
4. 頭が常に働いている感覚(脳の過活動)
「常に頭が回っている」「オフにならない感覚がある」といった過覚醒状態は、不眠症患者に特有の自覚症状の一つです。これはβ波優位の脳波状態が続いていることが原因と考えられます。
脳の異常による不眠を防ぐために気をつけたいこと

不眠の背景にある脳の異常や過活動を予防・軽減するためには、日常生活の中で以下の4点に注意しましょう。
1. 規則正しい生活リズムを維持する
視床下部にある体内時計(概日リズム)を整えるには、「毎日同じ時間に起きる」「朝日を浴びる」ことが基本です。
2. 寝る前の脳のクールダウン
脳の興奮状態を抑えるため、以下の習慣が有効です。
- 寝る90分前の入浴(深部体温をコントロール)
- 寝る前30分のデジタルデトックス(スマホやPCを避ける)
- 瞑想・ストレッチ・呼吸法で副交感神経を優位にする
3. GABAを補う食品・習慣
発芽玄米、納豆、キムチ、トマトなどにはGABAが含まれています。また、軽い運動や笑いもGABAの分泌を促すと言われています。
GABA(γ-アミノ酪酸)は、脳の興奮を抑える神経伝達物質で、不眠症治療薬の一部はGABAの働きを介して作用します。GABAはリラックス効果をもたらし、睡眠の質を向上させる可能性があるとされています。
4. 専門医への相談
不眠症が脳の異常と関係している場合、そのリスクを理解し、適切に対処することが大切です。
放置された不眠症は、脳の健康をさらに悪化させるだけでなく、他の病気を引き起こす可能性もあります。
例えば、脳腫瘍が原因の場合、早期に発見し治療につなげることが重要になります。
生活習慣を整えることはもちろん、症状が続くときは専門医の診断を受けるべきです。
慢性的な不眠が続き、日常生活に支障が出るような場合は、睡眠専門外来で脳機能検査(脳波や画像診断)を受けることを検討しましょう。

脳の異常を改善する不眠症の治療法

不眠症に関連する脳の機能的・構造的な異常を改善するためには、非薬物療法が重要になります。とくに以下の2つは国内でも注目されています。
脳波バイオフィードバック・ニューロフィードバック
ニューロロフィードバックは、自分の脳波をリアルタイムで見ながら自己制御を学ぶ訓練法です。日本でも実施されており、睡眠障害への応用研究が進んでいますが、まだ普及段階です 。この方法でα波やSMR(センサリモータリズム)を安定化させることで、脳の過覚醒を抑え、睡眠を促進すると期待されています。
出典:日本心理学会「様々なこころの問題に対するニューロフィードバックの適用とその効果(J-Stage)
薬物療法と認知行動療法(CBT‑I)の役割
薬物療法は一時的に睡眠を助ける役割がありますが、根本改善には認知行動療法(CBT‑I)が第一選択とされています 。CBT‑Iは、「刺激制御・睡眠制限・認知再構成」など複数の技法を組み合わせた行動と認知のアプローチであり、効果は長期にわたり持続することが確認されています。
また、CBT‑Iは慢性不眠だけでなく、うつ病・不安・慢性痛など他の疾患でも有効性が認められ、薬剤に比べ副作用が少なく、安全性が高いことも利点です 。
日本睡眠学会および厚生労働省は、CBT‑I(認知行動療法)を慢性不眠の第一選択として強く推奨しています 。CBT‑Iには、刺激制御や睡眠制限、認知再構成などが含まれ、臨床試験では6カ月~1年後も効果が維持されているとの報告があります 。また、厚労省eJIMでは「不眠症に最も強く推奨される治療法はCBT‑I」であると記載されています。
出典:日本睡眠学会
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
睡眠障害Sleep Disorders(厚生省eJIM)
不眠症に対する認知行動療法(CBT‑I)概説2021年(国立精神・神経医療研究センター)
よくある質問
- 脳の異常が原因なら検査はどうするの?
-
MRIやfMRI、脳波検査(EEG)などで、視床下部・前頭前野・海馬・白質ネットワークの異常(体積変化や接続性の乱れ)を評価できます。睡眠専門医の判断で検査を選びます。
- 不眠症をまねく脳の異常はなぜ起きるの?
-
主に以下の要因が関係しています。
- 慢性的なストレスにより、コルチゾール過剰→海馬萎縮・扁桃体過敏化
- 神経伝達物質(GABA・セロトニンなど)のアンバランス
- 夜型生活やシフト勤務による概日リズムの乱れ
- うつ病・不安障害など精神疾患との相互作用
- 加齢によるメラトニン低下と脳波(δ波)の減少
- これらが複合的に作用し、脳の過覚醒や構造的変化を引き起こすと考えられます。
- 脳のたんぱく質変化が不眠に関係ある?
-
海馬の萎縮はストレスホルモン(コルチゾール)による神経細胞への影響が一因と考えられ、神経栄養因子や炎症マーカーなどの変動も関連すると研究されています。ただし臨床検査でチェックするのは現段階では困難です。
- 脳への負担を減らす日常生活の改善法は?
-
以下の行動は刺激制御としてCBT‑Iにも含まれるため、脳への負担軽減や睡眠促進に効果的です 。
- 就寝前のブルーライトを控える
- 寝る2時間前にカフェインや強い刺激を避ける
- 日中に適度な運動(軽い有酸素運動)を行う
- 瞑想や深呼吸で交感神経を落ち着かせる
- 不眠症をまねく脳の異常の自覚症状は?
-
脳の異常による不眠では、以下のような自覚症状が現れることがあります。
- 寝つきが悪い/夜中に目が覚める/朝早く目が覚める
- 思考過多や不安感が強く、寝る前に考えごとが止まらない
- 集中力・記憶力の低下
- 頭が常に働いているような感覚(過覚醒)
まとめ
不眠症は単なる生活習慣の乱れではなく、脳の機能や構造にも深く関係しています。特に脳波の異常、神経伝達物質の不均衡、脳構造の変化などが重要です。
睡眠は脳の健康状態を測るバロメーターとも言えます。質の良い睡眠は、脳の健康維持に不可欠であり、睡眠不足や不眠は脳の機能低下や様々な健康問題に繋がる可能性があります。
不眠症の改善には、脳波を自己調整し、過覚醒を緩和する可能性「ニューロフィードバック」と国内で強く推奨され、長期的効果が確認されている「CBT‑I」といった治療法が有効です。
検査や治療プランは専門医と相談しながら、自分に合った最適なアプローチを探してください。